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すごい日本人がいた|世界で活躍した画家 藤田嗣治

──パリのスター画家・藤田嗣治の物語──

20世紀はじめ、世界の美術の都・パリ。
モンパルナスのカフェでは、モディリアーニ、ピカソ、スーチン、キスリング、ジャン・コクトーなど、
世界中から集まった天才たちが夜ごと議論を交わしていた。

そんな彼らのど真ん中に、
着物を着て颯爽と歩く、小柄な日本人画家がいた。
名は、藤田嗣治(ふじた・つぐはる)

その名は藤田嗣治

当時のパリでは、
「日本人が西洋美術でトップに立つなんて無理だ」
というのが常識だった。
ところが藤田は、その常識をあっさりと覆す。

Chapter 1

パリの画壇を震撼させた“白”

藤田が描く女性の肌は、まるで磁器のように滑らかで、深く、透き通っていた。

人々はその色をこう呼んだ。

『フジタ・ホワイト』

パリの画家たちは驚愕する。
「どうやって描いているんだ?」「こんな白は誰にも出せない!」と口々に叫んだ。

実際、藤田の“白”は秘密の技法によって生まれていた。
カルシウムとタルクと絵具を絶妙に組み合わせ、紙のように薄い油絵具で繊細な線を引く。誰も真似できない、唯一無二の白。

その白は、パリ中の画廊を席巻した。

フジタ・ホワイトの作品

Chapter 2

東洋の怪物、パリのスターになる

藤田の展覧会には、連日長蛇の列ができた。
絵を買いたい客が溢れ、サロンでは最高賞をいくつも受賞。
華やかなパーティには必ず藤田が呼ばれ、雑誌には彼の写真が大きく載った。

いつしかパリの人々はこう呼んだ。

「レオナール・フジタ、モンパルナスの王」

当時、白人男性が中心の芸術界で、日本人がスター画家になることは“奇跡”に近かった。
藤田は、その奇跡を自分の力でつくりだしたのである。

モンパルナスの王

Chapter 3

猫を愛し、友を愛し、絵を愛した男

藤田は無類の猫好きで、家には常に数匹の猫がいた。
猫たちは藤田の絵の中で生き生きと跳ね回り、パリの人々はその愛らしい姿に魅了された。

彼はまた、モディリアーニやユトリロなど、孤独な芸術家たちと深い友情を結んだ。

豪華な生活を送りながらも、藤田はいつも“絵を描くこと”を最優先にしていた。

猫と モディリアーニと

Chapter 4

戦争の影 ― 世界的スターの“転落”

華やかな成功の後、藤田は日本へ戻る。
しかし時代は戦争へと突き進んでいた。

藤田は従軍画家として戦場を記録する絵を描く。
これが戦後、「戦争協力」と批判され、彼は日本に居場所を失ってしまう。

パリで王と称えられた男は、故郷で孤立した。
彼は静かに日本を離れ、フランスへ戻る道を選んだ。
戦争の影イメージ

Chapter 5

信仰と再生
― フランスでの最期の大仕事

晩年の藤田は、人生の嵐の先に“信仰”を見出す。
彼はカトリックの洗礼を受け、
レオナール・フジタと名乗った。

そしてフランスのランスに、自ら設計・装飾を施した教会
「フジタ礼拝堂」
を完成させる。

そこに描かれたフレスコ画は、静かで、柔らかく、若き日の華やかさとはまるで違う。

まるで藤田が自分自身を赦し、
世界と和解しようとしているようだった。

フジタ礼拝堂 フレスコ画制作

エピローグ

世界を驚かせた“すごい日本人”、その名は藤田嗣治。

藤田嗣治は、ただ海外で成功した日本人ではない。
文化の壁を越え、技法を革新し、時代を生き抜き、
最後は信仰により精神の再生を果たした。

彼の人生はまるで映画のように波乱万丈で、
その物語は今なお世界の美術館で語り継がれている。

異国の地でスターとなり、
世界を驚かせた日本人がいた。

その名は、藤田嗣治。

藤田嗣治

【世界初】藤田嗣治の作品だけを展示する、
自宅のような美術館

軽井沢安東美術館は、藤田嗣治の作品約300点を収蔵し、藤田嗣治だけを展示する私設美術館です。

軽井沢安東美術館

猫、「乳白色の下地」の裸婦、少女、宗教画、風景画、戦争画、手仕事 ― 過去最多となる展示。

藤田のすべてを魅せる、
すごい常設展を開催中です。

すごい常設展

藤田嗣治が遺した数々の作品、そして彼の息遣いを、
軽井沢安東美術館でぜひご体感ください。

藤田嗣治の作品を1年間いつでも堪能できる
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